2018
06.09

大森静佳さんの歌集『カミーユ』を読む

「塔」短歌会に大森静佳さんの第二歌集『カミーユ』(書肆侃々房)が刊行されました。



赤を基調にした装幀も素敵ですが、
絢爛たる歌のことばに圧倒されます。

集中に現れてはまた去っていくような女性の姿。
いずれも激しくおのれの生き方を貫いた女性が、
コンテクストとして歌歌の底にあります。

老けてゆくわたしの頬を見てほしい夏の鳥影揺らぐさなかに

泣きながらわたしの破片を拾ってた ゆめにわたしは遠い手紙で

手をあてて君の鼓動を聴いてからてのひらだけがずっとみずうみ

皆殺しの〈皆〉に女はふくまれず生かされてまた紫陽花となる

そののちの長い月日の 狂うとき素足はひどく透きとおるけど




М・デュラス『愛人/ラマン』の世界を思わせる1首目、
カミーユ・クローデルをeaturingした5首目など、
愛と自律する己への意識が描き出されています。

デュラスで思い出しましたが、
彼女の「愛人」は、綴りがL' Amant、つまりは
女の側から見た男の愛人ということで、

この「カミーユ」でも自律を持つ女の情念が渦巻いているように感じました。
深々とした一冊。今年の話題をさらいそうです。


2018
05.25

5月に思うこと・歌集にできること

Category: 思フコト
加藤治郎氏の『Confusion』(書肆侃々房)が刊行された。





『Confusion』は、confusion(混乱・当惑)のタイトルが示すとおり、
読み手にある混乱を呼び起こす歌集だ。
レイアウトと装幀は若い詩人ユニット、「いぬのせなか座」が手掛け、
外観からすでにアグレッシプな雰囲気を醸している。
ぺージを繰れば歌は頁のすみずみに飛び散り、
まるで浮遊する文字群が読み手へ挑みかかるようである。

生命保険の最終プランを提示され端的に紙屑のようなり

集中にある歌である。この歌はこのように示されれば、
人生をたった1枚の紙に記されて、
「最終プラン」の例示として掲載されていることへの
主体の憤りと嘆息を詠った歌としてあるだろう。

しかし、この集のなかでは、
この歌の右横には真っ黒な短冊のような2センチ幅の黒塗り部分があり、
その上部に「二〇一六年四月二十六日。」という詞書状の日付が置かれている。

このレイアウトを併せると、読み手には黒塗り部分さえ視覚的に大きな意味をもったものとして迫り、
歌自体もまた言い得ない情動のようなものが加算されていく。
つまりは読み手の側に新たな情動を沸き起こさせる装置として機能するのである。

一方で、これは「いぬのせなか座」とのコラボレーションのなかで立ち上がった表現ではある。
加藤氏の歌と、詩人である「いぬのせなか座」の人たちが化学反応を起こすことで、
可能となった表現でもある。
加藤氏自身がこの表現を単独で生み出せたか否か。
テクストとして成立するための前提も「confusion」がもたらされている。

『Confusion』は、まさしく従来の歌集観の破壊からはじめて、
歌集に含まれるいっさいのパラテクスト
(本を取り巻くもの・前述した装幀や表記なども含めての外的要素)
に関しても改めて厳しく問うたものだ。

歌集という紙の媒体の「場」がもつあらゆる可能性と力量を鑑みて、
その媒体が発揮できる能力を
惜しみなく・あますところなく出力させしめた結晶として読み手の前に立ちはだかる。

2018
05.01

現代短歌新聞五月号・原阿佐緒について

Category: My works
現在発売中の現代短歌新聞5月号に
原阿佐緒について書かせていただいています。

総合誌「現代短歌」でも精力的な特集が組まれているように、
今年は原阿佐緒生誕130年だということです。
(そして、きたる6月1日がお誕生日です)

個人的に思うのは、
今日このように私たちが、原阿佐緒の作品にまとまって触れることが出来るのは、
主に晩年、阿佐緒と交流をもった、
「群山」を主宰した扇畑忠雄夫人・利枝さんの尽力に依るところが大きい。
本人を励ましつつ、または実生活でも支援し、他方には研鑽して
阿佐緒が歌壇から「干されていた」状態からの復権に尽くしたのです。

本文でもこのことに少し触れています。
利枝さんの功績はもっと讃えられていいと思いますが、
東北の人らしく、控え目であられるのかもしれません。
ぜひ本誌「現代短歌」の特集と共にお読みいただけましたらと思います。





2018
05.01

河北新報4月22日付歌壇欄

Category: My works
河北新報 歌壇・俳壇欄4月22日付紙面に、
「此処」5首を寄せさせていただいています。

震災関連の歌として、「今ここ」の気持ちを考えながら作品にしてみました。
ちょっとお知らせするのが遅くなってしまいましたが、
ご覧いただけていましたら幸いです。

このように書かせていただいてとても光栄でした。
同日は佐藤通雅さん、花山多佳子さん選の歌壇欄が開かれていて、
投稿されている方々の歌も詠ませる歌が多く、充実の内容です。

日頃、河北新報に接していないせいもあって、全体的に河北新報自体が
とても紙面全体が意欲的で、活気があるように感じました。
東北の魂のような熱いものがある。そんな風に感じたのでした。





2018
04.29

梧葉57号・「歌人の現在」に

Category: My works
「梧葉」57号・「歌人の現在」欄に
エッセイと短歌作品十五首を掲載させていただいています。

「歌人の現在」は今自分自身が興味のあること、進行させていることなどを
執筆せよとのことでしたので、
詩人・中野鈴子の初期の短歌作品について、また彼女の人生について書いてみました。

中野鈴子は詩人・中野重治の妹で、重治と多くの時期、行動を共にしています。
思想にあふれていた兄と共にいながら、
鈴子は自らはつねに身近な人々を見つめ続けました。
その短歌と詩は人間への愛に満ちたものです。

自分の文章はともかく、
中野鈴子の作品をぜひ一度お読みいただければと思います。


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