2012
02.27

今、読み直す戦後短歌Ⅴ

Category: 歌の会
2月26日、青山アイビーホールにて
「今、読み直す戦後短歌Ⅴ」前衛前夜パートⅡ
を聴講しました。

科学者であり歌人でもあった石原純の足跡と「新短歌運動」による歌論を
秋山佐和子さんが、

阿部静枝・葛原妙子・斎藤史の歌の文体について、
「戦後短歌の時間軸」と題して佐伯裕子さんが

それぞれ基調発言なさいました。



石原純の活動などはあまり照らされてこなかったので、
そうか・・とかなるほど、、と思うことしきり。

特に面白かったのは、
「女人短歌」という同人誌を葛原や森岡貞香や阿部静枝が
やっているときに、葛原や森岡は自らの時間軸で
表現について追究を推し進めているのに対して、

阿部静枝は当時社会的な問題となっていた
占領軍の混血児問題だとか戦争孤児、戦争未亡人の諸問題を
無記名という企画に於いて当事者として仮託して詠ったところ、

葛原にその方法を見抜かれて
根っから批判・否定されてしまったということでした。
ダメだしされちゃったのですね。

わたしから見ると、歌はそんなに悪くない。
想像部分が大きいからちょっと劇的ではあるけれど、
うまくできていると思ったのでした。
社会詠に果敢に挑戦しているというか。
阿部静枝は女性問題について生涯取り組んだ人でしたから
短歌においてもやってみたということなのではないでしょうか。

でも葛原は許せなかった。
とても長い批判の文を書いています。
このことについて、今、震災の云々から詠む詠まないというのがあって、
いろいろ会場でもご意見が出たのでしたが、



わたしは単純に、
サークル内の女のいじめにも感じたのでした。

ちょっと毛色の違うメンバーを集中攻撃、というような。
「女人短歌」は文体の変革を目指していた。だけど、
阿部静枝のような文体は違う、ということで排除。という感じです。

ながく同人誌をやっていると方向性の違いも感じることがありますよね。
そうしたものを本来は容れつつやってゆくことで
いろいろなことが見えてくることもあると思います。

「女人短歌」が新鋭歌人を育成してゆけなかったのは
このきりきり感にあったのではないかな・・
と感じたのでした。
まあ、推論に過ぎませんが・・


阿部静枝の方法、葛原妙子たちの方法、
どちらも現在でも試みられていると思います。
阿部静枝の方法は社会詠のひとつとしても
とても価値のあるものだと思います。

近代以降、新しい短歌の礎を築いた彼女たちの奮闘を
ひしひしと心に感じたのでした。


いまは結社誌にレポートを載せるため
纏めています。



次回もぜひ行きたいと考えています。








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