2012
09.10

「今、読み直す戦後短歌Ⅵ」へ行きました。

Category: 歌の会
9月8日、青山アイビーホールで開催された、
「今、読み直す戦後短歌Ⅵ」へ行ってきました。

当代のベテラン女性歌人(論客)6人による
戦後まもなくの混沌とした時期、前衛短歌以前の歌壇のあれこれに
照射してゆくシンポジウムも、この6回目で一つの区切りとなるとのこと。

私は2010年秋の「Ⅲ」から聴講させていただきました。
継続して思ったのは、当時から女性歌人の方が細やかに
方法論を様々に思考していたのではないかということです。

今回は花山多佳子さんが
『昭和25,26年の位相』「女人短歌」を中心として
と題して、朝鮮戦争勃発からの日本の位相を読み解く
試みを。


また今井恵子さんが
『和文脈の動向 昭和29・30年の問題意識』
と題して 今井さんが以前から提唱している
「和文脈」についてのお話を。


お二方のお話、とても興味深くお聞きしましたが、
私なりに感想を一つずつ。

花山さんのお話は朝鮮戦争中の日本の、および歌人の態度は
男性歌人は思考停止しているようであり、戦争によって未亡人が
圧倒的に多かった女性歌人たちはいまだ「戦後」であったという
ことだったのですが、
私は資料中で、篠弘氏が、朝鮮戦争を詠ったものはあまりに少ないという
歌壇の実態を糾弾した文章に心を引かれました。

敗戦国となつて戦後処理のただ中にある日本にとって、
お隣で起きた戦争に対して、何ら態度を示せなかったのはなぜか。

やはりある意味で、戦中の歌壇の戦争責任を追求する動きが
あり、歌人は明確な態度や思想を表すのを回避していたのではないか、ということでした。
無意識的に、意識的に。
それは朝鮮戦争の特需で日本が上向きに復興を遂げているという
矛盾を抱えていたこともあったと思う。

個人的な戦後の境遇や極端に戦争をぼかした歌であれば、
個人的な感興を詠んだ歌、としてそこで広がりは終わるからです。

そうしてそのような社会とのつながり方は、
前衛短歌までずっと続いて行くことになります。

今井さんのお話は、おのおのの詠風の下にどんな流れをもつかというお話。
またも「和文脈」がはじめて聞く人にはわかりにくく、
これまでの「今井文脈」を知らないので
はじめから質問を始めてしまい、同じ処に到達したところで
時間が経ってしまいました。

今井さんは石川不二子や中城ふみ子のような詠風が、
はっきりとした周縁をもったものであり、反対に
山中智恵子のようなもやもやとした周縁を持たない詠風が
当時の本当の底流をなす、しかし表立たない「和文脈」であったのでは、
ということでした。


私は、今井さんの図式を見て、
これは「われ」の問題ではないのかと思ったのですけど。



中城や石川のような、はっきりとした明確な、他者や社会へつながりを
持とうと働きかけをする「われ」は
時に劇画調であったり、誇張されたりして
大きな「われ」でありつづけるから理解されやすい。
しかもノンポリなので、安心して詠えるし、詠める。

逆に山中は誰かに働きかけをしようと意識された歌ではない。
きわめて内省的だし、理解してもらおうともらうまいとかまわないような歌。
詠むときに他者を意識していない。
だから他者にも、もやもやとしか理解されなくて、
読み込んでもらえない。

これに時代の要請が加味されて誇張され、
わかりやすく、思想的ではない「われ」の歌や
やがて「われ」も廃したような
フィクショナル的な短歌が流行していったのでは。


さきほども書いたように「今井文脈」を理解するのに立ち止まるので、
お話の続きがあまり聞けなかったように思います。
数人の歌人を継続して取りあげるとよかったのかも知れないですね。


何人かの方と会場でご一緒したのでしたが、
ご挨拶も出来ませんでした失礼を
この場をお借りしてお詫びしたいと思います。




貴重なこうしたシンポジウムは何らかの形で続けていただきたいと思ったことでした
ありがとうございました。





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