2013
06.17

松木秀歌集『親切な郷愁』を読む。

〈短歌人〉の松木秀さんの第3歌集『親切な郷愁』を読みました。

第3歌集ともなると、あるところ余裕が出来てきて、なにか洒脱な、小粋な部分を追求する
作者の楽しい創作の姿勢が見えるようにも思えます。

松木さんの従来からの鋭く見つめる目と、その構成力の余裕が読者を独特の世界に誘うような気がします。
刊行は4月の中旬で、わたしの怠惰によりご紹介がとても遅くなってしまったのですけれど、
たぶんいろいろな方面ですでにご紹介されているでしょうから、
別角度からみてみたいと思います。


章立てはソナタ形式なのか、提示部ー展開部ー再現部というふうに構成されている。
編年体で、ということでしたがこの歌集のタイトルになっている「親切な郷愁」は
巻頭の提示部によって主題提示される。

主題としての歌

ショッピングモールの中の駄菓子屋は親切な郷愁でおなじみ

であって、この歌に込められた主題が繰り返し、変奏されていくのです。
すなわち、お膳立てされたような、過剰演出されたような駄菓子屋の「郷愁」を
「親切な郷愁」と呼ぶときのあの感じをもって、様々な事象を見つめていこうというのです。
(さらにⅤのコーダも、その形式のとおりに「親切な郷愁」の主題とは異なる主題のもの、
回想・競馬と自分のめぐりを題材としている)

この視点の堅持というのは、歌集一冊なかなか貫き通せる者ではなく、
表現者としての作者の一徹ぶりが伺えると思います。
歌集から歌を抜き出すと、そうした構成だとか網状に組まれたものは
ほどけてしまうのですけれど、
本当はどなたの歌集も一冊の貫徹した作品として見ていかなければならないのではと思う。

さて、前述した、「駄菓子や、ほうら、なつかしいでしょう、懐かしくつくったんですもの、
感じてください、なつかしいと。」というような事象を鋭く追求した歌を揚げてみたいと思います。


ノンアルコールビールというのは要するにビール味したサイダーである

ソウルオリンピックの聖火で焼けた鳩をたまには思い出してあげよう

葬式のスパイスとしてご焼香形式としてかなしむための

こんな所にも格差あり流星群持ちし星座と持たざる星座



世の中にある矛盾とか、看過しそうな誤謬や偽善をこの人は見逃さない。
真実というのはひとつで、それはどんなものかということを
この作者はすでに透徹した目で見つめているのです






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