2016
04.27

山田航歌集『水に沈む羊』を読む

「かばん」に所属する山田航さんの第二歌集『水に沈む羊』(港の人)。


山田航さんといえば、
さきごろ、七十年代以降の歌人たちのアンソロジー・『桜前線開架宣言』(左右社)を
刊行され話題となり、このブログでも紹介いたしました。

その山田さんの第二歌集は、寂しさとゆるやかな光に溢れた歌集だと思う。
前歌集での不全感はやや弱まり、理解者を得つつ、
なおこの世界に生きようとする主体の描かれ方が印象的です。
詩情に溢れる言葉遣いは山田さんならでは。


キャンプ場にかかる大きな翼竜の影だれひとり夜明けを待たず

明るみの残る夜空へ蹴り返す小石を誰も飛び越えられず

ガソリンはタンク内部にさざ波をつくり僕らは海を知らない

ガリレオが投げたボールは今もまだ漂ってゐる誰も捕れずに

水に沈む羊のあをきまなざしよ散るな、まだ、まだ水面ぢゃない


少し特徴のある歌を抜粋してみました。
「誰も~ない」「ない」という構文は、この歌集において散見されます。
自分も含めて、「ない」ということ、不全ではなく「未然」「未踏」というのが、
この歌集の主題なのではないかと思います。

誰もが出来ている、知っているようなことが、未然であるということ、
それは世界が可能性をも秘めているともとれるし、
絶望的に何も出来ていないことでもある。
そうした両義的な「なさ」感の顕著な現れは、社会へ向かっているということも
ここで書き留めておくべきだと思う。

「港の人」の、おしゃれすぎる装幀からはずつと離れて、
私はとても厳しく世界を見つめ、問うている歌集だと感じました。

ぜひ多くの人に読まれますように。