2013
06.02

後藤由紀恵歌集『ねむい春』を読む

まひる野に所属する後藤由紀恵さんの第2歌集『ねむい春』を読みました。


タイトルの「ねむい春」のとおりに、春の歌が多く収められているけれど、
満たされない何かが横たわっているように感じます。
それは自分自身、そして心、自分の意志は届かない周囲の環境など、
作者にとってそれは十二分に人生が充実している感じではない。
近くにいる夫も、自分自身の事で精一杯で、「他」である自分は静かに見守るしかない。

その満たされなさは、歌集最後の震災に遭ってから少しずつ変わっていく。
自分自身、生きること、今までは眠さのなかにいたようだったけど
地に足がついたような確かな手応えを生に感じてゆこうとする。

そういう歌にわたしもはっとさせられたのでした。


くりかえす日々の水面にときどきは女の鶴が来て水を飲むなり

信じあうというはかなさよわたくしは櫂もたぬまま春を終わらす

さみどりの君との暮らし詞書つけあうように半年の過ぐ

ひもすがら耳の奥にて寄せかえす春の波音われを放さず

そうそれはつまりあれです結局は風の行方がわからなかった



引用の五首目、結局風の行方がわからなかったのは過去であり、
あらたな気づきをもとに作者が歩んでゆく新しさを読み手は感じます。

そしてこの先、どんなふうに道はひらけてゆくのか、
目の前が明るく拓けた感じで、歌集は終わります。


静かなのですが、心の底まで響いてくる歌が印象的でした






トラックバックURL
http://seabottle.blog103.fc2.com/tb.php/114-00494a08
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top