2014
06.04

梶原さい子歌集『リアス/椿』を読む。

「塔」に所属する梶原さい子さんの第三歌集。
宮城県在住の作者は大震災に遭遇、そののちの歳月を生きています。

歌集は「以前」と「以後」に分かれる。

「以前」では天寿を全うしていく途上の祖母を、
「以後」では震災当時から十把一絡げ的に、
全く軽いものになってしまった多くの死を、
比重を意識しながら描いておられます。

多くの人が津波によって「あつという間に」亡くなった。

震災当時は「生きてるだけで儲けもの」
「遺体がみつかったから良かった」という
価値観が普通になった。
火葬場が間に合わないので、
柩ではなくて、ビニール包みのまま木の長い箱に入れられて、
校庭に土葬した。識別番号が建てられて、後日掘り起こした。


以前までは、一人の人間が死に至る過程が
非常に重く扱われていたのに、です。
(「ただちに影響はない」という放射能の影響についても
その言説空間の文脈の中で使われてきた言葉だと思い出すのです)

作者はその比重について深く見つめる。
惨状をただ並べたのではない、生に関する歌が深くしみこんできます。

体中にみどりの波を皺よらせ浅き眠りに祖母はたゆたふ

入学式ができるしあはせ言ひながら式辞・祝辞・代表のあいさつ

貰ひ物のジャージにケチを付けたるを怒鳴りてゐたり職員室に

あまりにも波間が光るものだからみんなの泣いたやうな笑ひ顔

震災詠はもういいぢやない 座布団の薄きの上に言はれてをりぬ



あの震災がなければみんな幸せだった、と思うと同時に
生と死の問題が限りなく肉薄して思われたことでした。

震災はまだ続いています。















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