2017
01.05

光森裕樹歌集『山椒魚が飛んだ日』を読む

明けましておめでとうございます。
旧年中はたいへんお世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年もできるだけ短歌について考えたこと、歌集歌書を紹介したり
していきたいと思います。
内容も日々見直してゆきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年最初に読んだ歌集は、
光森裕樹さんの第三歌集『山椒魚が飛んだ日』です。




これまで、つねに短歌の世界のキュレーターであった光森さん。
短歌の情報サイトtankaful運営をはじめとして
歌集『鈴を産むひばり』は、これまで歌集出版専門の出版社ではない「港の人」から
活版印刷の歌集を、
歌集『うづまき管だより』は電子書籍で出されています。

この『山椒魚が飛んだ日』は、
主体のライフステージの変化について主に語られていく。
結婚、移住、子を持つこと。
あるいは可視的なこうした変化の中で、自他の存在そのものについて問うているのだと思う。
名づけ、そう呼ばれることで「それ」になっていくということ。


さみどりの胎芽が胎児に変はりゆく秋を一貫して吾なりき

からだから樹液のやうな汗をふき愛するひとが樹になつてゆく

母の名に〈児〉を足し仮の名となせる吾子の診療カードを仕舞ふ

妻となるひとりを知らぬ吾がゐて湯屋よりかへる雪踏みしめて

眼帯を付けれど他人にならざればボードブックをまた読みかへす



呼称と人称の行方、そして存在としての出現前後。
一首が問いに読者への溢れている。

非常に問いを含む歌集、光森さんの新たな境地が感じられる歌集です。





back-to-top