2017
06.05

現代短歌6月号・特集「自然詠の変容」に

Category: My works
ただいま発売中の「現代短歌」6月号の特集「自然詠の変容」に
「自然詠とフクシマ」という論考を書かせていただきました。




原発事故後、福島の自然は、歌は変容したかというテーマに従って
さまざまに考えてみました。
放射能汚染という不可視な事象は、「見た目では」自然を侵していません。
フレコンパックが山と積まれたり、荒廃した家屋というのは、
それまでを放棄した人間の仕業であるわけです。
掘り返したり・はぎ取ったりという行為が施された自然は、変容を見せていく。

チェルノブイリ原発事故で放棄されたプリピャチの町は、動物が闊歩し、
草木が茂り、人間の立ち入っていなかった、
もともとの自然の姿に回帰していきます。
それは福島の町々でも同じことです。
もちろん、計測すれば汚染があるわけですが、自然はそれを知らないのです。
人間だけが汚染を突然知り、恐れ、放棄することをする。

人災は尾を引き、自然を変えました。
そんなことを書いてみました。
ぜひお読みください。





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