2011
08.22

「3.11以降」という言葉を考える

Category: 壜のなかみ
Terrorist Attack


まもなく、アメリカ同時多発テロの起こった、9月11日がやってきます。

9.11テロ、としたほうが直接的でしょうか。




震災から、震災の日はこのテロと日付が似ているためか、

もしくはカタストロフという点で共通項とできるためか、

震災を「3.11」(さんてんいちいち)とする表記が非常に多く見受けられます。



「サンテンイチイチはさー、さすがにびびったよ。」

「サンテンイチイチ以降」

「サンテンイチイチから世界は変わったのだ」

「サンテンイチイチ」「サンテンイチイチ」・・・


わたしはどうしてもこの呼称を使う気にはなれません。

円周率もどきのような、小数点以下第2位までのような

そんな軽みのある1日ではない、

そして福島に住む我々には、3月11日の、1日だけの話ではないのです。



上記しましたが

「3.11以降、世界は変わった」ということが

よくいわれるけれども、同時多発テロのときも

「9.11以降、世界は変わった」と言っていました。



何が変わったのだろう。

それは「節電」や「脱原発」を叫んでいい

世の中になったことではありません。

人々は、混乱の中で、

好き勝手にものを言っているに過ぎないように感じます。



3月11日は無数のオポチュニストを生んだという意味では

非常に意味ある日かもしれない、と感じています。


「フクシマ」なども同じ類。



既出の言葉にかぶせたに過ぎない。

亜種。なぞらえ。その把握感覚。


これらの本質、これらの意味をあらためて考えるとき、

亜種としてではない、「3月11日からずっと」の意味を

もう一度考えてみる必要があると思います。



わたしは言葉をつかっています。

だからこそ、ほんの少しの言葉にも

疑義を持っていたい。

そう思っています。



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