2012
05.15

佐々木俊尚『当事者の時代』を読む

Category: 壜のなかみ
当事者の時代



を読みました。

元毎日新聞の記者でもあった、
佐々木俊尚さんの著書。

震災を題材とした短歌のあり方についての考えを進める上で、
いろいろな考えについて触れたいと思い、読みました。

この人の書き方は『キュレーションの時代』のときも思ったのですが、
前振りが長いのですよなぁ。

なかなか本論にたどり着かなくて、
このタイトルにもなっている、「当事者の時代」は最終章に入っています。

新宿バス放火事件の現場に居合わせた記者が、
特ダネとしてその事件現場の写真を撮るのですが、
実はそのバスに実の妹さんが乗り合わせておられ、
期せずして「当事者」となってしまった実例を発端として、
現代人が陥りがちな「マイノリティ憑依」という語を中心にして
論考しています。
東日本大震災での地元紙である「河北新報」の活動も。

予め「型」のようなものを作っておき、それに沿って記事を組み立てていく
新聞の従来の作り方と違って、
期せずして彼ら自身も「当事者」となってしまった
からこそ、書けたこともあった、という直接経験重視の論調です。

では、みんな「マイノリティ憑依」を抜け出せていないということなのだろうか。

そうではないだろう、とも思うのですがね・・

直接経験をした側に既に入ってしまっている人間としては
やはりこれは結論ではなく、1人の一つの意見である、と読んだのですが。

これほどのプロの著者でも結論を出すのはなかなか難しいのかもしれません。


ご興味ある方は読んでみることをおすすめいたします












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